愉快な真面目。〜後編〜

  <前回までのあらすじ>
 「私、どうしても父親と縁を切りたいんです!」
「ふーん。」
「離婚できますよね、あの方法で」
「なんで、そんなこと知ってるわけ?」
「本に載ってました」
「ああ…そうですか」
 果たして、これで分かった人が何人いただろうか(爆)


 さてさて、困ったことになった…。
 彼は、心の中で呟いた。もし、彼の心の中を音声化できる機械があったなら、大きく舌打ちする音も聞こえただろう。それだけ、今回の問題は危惧すべきものだったのだ。
 父さん、母さん、俺、ドキドキするほど大ピンチです…。
 彼も弁護士である。今までにも大ピンチは、何度も味わっている。だが、そんなのも今と比べれば、全然たいしたことは無いだろう。相手は、あのスピンネットの娘である。その娘は、法律的に誰でも納得できる有効な手段を手に入れてしまった。すなわち、それは離婚の成立を意味するのである。
  暴風娘に法律知識。まるで、「き*がいに刃物」と同義語で使えそうないい見本である。いや、いい見本ではあるまい。彼女に権力なり法律知識などを与えた場合、その被害に会うのはいったい何人であろうか計るべくもない。彼女の父親が社会的に抹殺される…という可能性もある。
 誰だよ、この娘にそんな本貸したのは…。
 彼の記憶野には、以前、彼女に離婚関係の本を貸した事実がスッポリと抜け落ちていた。最も、覚えていればいたで自分を責めるしかないわけで、誰かのせいにすることで、多少のストレスを解放できたのである。彼は幸せであったのかもしれない。
 「おじさん、おじさんてば」
 あっちの世界へ旅立とうとしていたリーガルをふんづかまえたレティシャは、満円の笑みを浮かべ、自分の策であれば、絶対成功する、と念を押した。彼女には絶対の自信があった。過去に何件か、これが原因で離婚している夫婦もあるのだ。判例にも、極めてまれながら、掲載されているのを確認済みだ。
 これで、ぜったいお母さんを助け出せるわ。あんな父親から、取れるだけ毟り取ってやるんだから。そして、あたしたちは楽しい生活を送るんだ!
 想像しているだけにもかかわらず、レティシャは、自分の心が躍動するのを感じていた。静かで平穏で、何より、あの父親がいない世界。
 晴れた日には、お母さんとピクニックなんてのもいいわよね。雨が降ったら、お母さんと暖炉にあたりながらお話するんだ。うん、素敵じゃない。いい!すごくいい!あぁ〜、なんて幸せなのかしら。
「お〜い、レティスちゃん…」
 文字通り、あっちの世界へ羽ばたいていってしまったレティシャを、リーガルは呼び戻そうとした。
「お〜い」
 返事が無い…。
「もしも〜し」
 再度の呼びかけも、彼女にはまるで効果がなかった。
「駄目だ、こりゃ」
 顔に手のひらを当て、処置なし、といった感じで首を左右に振る。リーガルは、彼女がスピンネットの娘たる所以をまざまざと見せ付けられたのである。
 それにしても…。本当にそれでいいのだろうか。
 確かに、彼女の父親は素晴らしいとはいえない。いや、むしろこっちが説経したいくらいだ。それでも、レティシャの父親であることに変わりは無い。肉親とはかけがえのないものだ。親は選ぶことができない。それこそ、意地の悪い神様しか選択権はない。いや、だからこそ、両親や兄弟は大切にしなければならないのではなかろうか。
 彼が、離婚裁判を嫌うのは過去に幾つかのつらい裁判を受け持ったからだ。それは非現実的でまるで小説といわんばかりの光景だった。思わず目を疑ったこともある。親権を得んがために、小さい我が子を引っ張り合う親すらいた。その時、彼ができることといえば、その場に立っていることだけ。何度、自分の無力さを痛感したことか。
 この子だって、同じ目に会うかもしれないな…。
 あっちの世界へ行ってしまったレティシャを、リーガルは心配そうに見つめていた。

 一方、レティシャの想像の翼も限界を感じ始めていたらしく、別の想像を彼女に強いていた。
 う〜ん、でもお母さん、ノンビリしてるからなぁ。アレコレ言ってたら、あたしもストレスたまるだろうなぁ。ま、その時は悪ガキどもをサンドバック代わりにすればいいや。でも、そんなことしたらお母さん悲しむだろうなぁ。お母さんが怒らないサンドバックは、お父さんしかいないし…。何だかんだいって、お父さんはストレス発散にもってこいなのよねぇ。
 あれ?
 あれれ?
 なんで、お父さんが出てくるのよ。あんなのいない方がいいに決まってるじゃない。どうかしてるわ、まったく。
 彼女は頭を数回振って、その想像の翼が強いた別方向の未来を追い払おうとした。それと同時だった。リーガルが、真面目な、深刻そうな、重みのある声でレティシャの名を呼んだのは。
「レティスちゃん」
「何?おじさん」
「君がそこまで離婚させようとするのは分かるつもりだよ、私もね。でもさ、本当にそれでいいの?後悔するだけじゃ足りないくらいの何かを味わうかもしれないんだよ」
「……」
「私が以前受け持った裁判でね、むろん離婚裁判だけど。こんなのがあったよ」
 彼はそう言うと、天井を見上げた。
 あれは、私がリヴァイアスに乗って少したった時のことだった。ある夫婦で離婚訴訟が起こった。原因は、旦那の浮気でね。これが初めてって訳じゃなかったんだ。怒った奥さんはとうとう離婚訴訟に踏み切った。私は、奥さん側についたんだ。
「おじさんの事だから、勝っちゃったんでしょ?」
「そう思うかい?」
「うん」
 優勢だったよ、それは本当さ。証拠とかも全部押さえて、完全勝利まであと一息ってところだったんだ。私も、勝つと思ってた。正直なところね。でも違ったんだ。あの一言で……。
「一言?」
 ああ、親権の話になってね、不利をカバーしようとしたんだろう。相手側の弁護士と父親が、子供を出廷させようとしたんだ。別にたいしたことじゃないよ、普通に考えればね。でも、その子はまだ8歳だった。ただでさえ、両親が離婚しようって時だ。相当まいってるはずでしょ?さらに、その子に精神的ダメージを与えようとする行為は、慎むべきなんだよ、人としてね。
「それでどうしたの?」
 私は、必死で和解に持ち込もうとした。どんなことでもする。だから、子供を出廷させるなんて止めるべきだ…ってね。でも、向こうはそれを認めなかった。結局、子供は出廷したんだ。
「で?それでその子どうしたの?」
 レティシャは、身を乗り出す格好でリーガルに詰め寄る。苦笑しながら、リーガルは話を続けた。
 その子どうしたと思う?出廷して、子供のついていきたい親を選ばせることにしたんだけどね、母親の側へ来たんだ、最初。決着がついたかなって思った。後味悪いなぁって。でもね、それだけじゃなかった。その子は、母親の手を引っ張って父親の席の方へ行くと何を思ったか、二人を握手させたんだ。両親の顔を見比べながらニコニコしてね。私は今でも忘れないよ、その時、子供が言った言葉。その子はね、こう言ったんだ。

「喧嘩は駄目だよ」

 母親は大声で泣き出してさ、父親も下を向いたままだった。裁判長なんか、もらい泣きしてたよ、大きな声でさ。結局、裁判は棄却されたよ……。


「こんな例は、ごくまれだ。もっとつらいことを味わっている子供だって沢山いる。もしかしたら、レティスちゃんだって、そうなるかもしれない。そうならないとは言い切れない。それでも、レティスちゃんは離婚話を進めようとするかい?」
 リーガルの目は真剣だった。少なくとも、彼のように惨状を知っていなければできない目だった。
「あたしは…」
 レティシャは、視線をおろすと黙ってしまった。黙らずにはいられなかった。自分が悲しむなんて想像すらしていなかった。いや、自分だけならともかく、母親が悲しむことすらも。彼女は自分の短慮を呪った。そして…。
「あたし、今日は帰ります。さっきの計画はなしってことで」
 ものすごい勢いでレティシャは立ち上がると、彼女はそう言った。何かさっぱりしたような、非常に爽やかな表情だった。
「それがいいよ。」
 ホッとしたリーガルは、彼女に微笑んだ。たぶん、微笑む以外に最適な方法はなかったろう。
「一つ、質問していいかな?」
 出て行こうとしていたレティシャに、リーガルは声をかけると、こう質問した。
「お父さんのこと好きかい?」
 しばらく考えるフリをして、レティシャは快心の笑みを浮かべるとオフィスを出て行った。リーガルは、彼女の答えが瞬時に想像できたことが、何故か嬉しかった。
 後日、彼は娘の咲夜にこのことを話したのだが、娘の質問にこう答えた。

「答えなんて、言わずとも分かるだろう?何故ならその笑み自体が答えなのだから。」

(おわり)





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トリノ > 「俺はこれで彼女が完全に諦めたとは思わない、彼女は第二・第三の計画を立て、リーガルの旦那の頭頂を寂しくさせる事件を起こし続けるだろう…。」(笑) {…って、おい!(爆)} (2000/09/20(Wed) 04:11:38)
ぐちゃ > こらこら、リーガルさん娘に話すなよ。守秘義務はどうした。 (2000/09/20(Wed) 11:14:59)
すぴんねっと > おおっ! ありがとーございます〜♪ うんうん、いい話ですねぇ、まさしく子はかすがい・・・(感涙) ゆうきゃんさんのスピン娘は、私が書いたのと違って結構素直だ(笑) う〜ん、なんか久しぶりにスピン娘が書きたくなっちゃった(^^;) (2000/09/20(Wed) 16:50:42)
ひじり > この事例、前にも聞いた事があるんですが、やっぱり良い話です。リーガルさんってあんまり弁護士っぽくないのが良いですね。 (2000/09/20(Wed) 19:01:41)
ほろほろ > スピン抜きでレティシャを書けるとは!でもどちらかというとリ−ガルさんの話かな。^^; (2000/09/20(Wed) 23:35:55)
ゆうきゃん > いやはや、急に涼しくなってまいりました。お風邪など召しませぬように。 トリノさん>そう、彼女は再度計画を実行することでしょう。 ぐちゃさん>親馬鹿ってことです。楽しい話はしてあげましょう(爆) すぴんねっとさん>いえいえ、愚作で申し訳ない。子はかすがいですねぇ、本当に。レティス嬢って、本当は結構素直なんじゃないかなぁって思ったから…お母さんが絡んだ場合だけ(爆) ひじりさん>そうなんですよ、元ネタは別にあるんです。まあ、離婚裁判だと、この程度の話はごろごろ転がってるらしいですから。 ほろほろさん>風邪の具合はいかがです?無茶なさらぬように。スピンなしでは、レティス嬢の話は書けません、マジで。だから、こんなになってしまいました。 (2000/09/21(Thu) 00:08:59)
長安 (あおい擁護衆&チーム着ぐるみ11) > もう風邪をお召しになりました。オフ会に行けるかどうか微妙(泣) (2000/09/21(Thu) 21:18:27)

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