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infinite∞RYVIUS : テレビアニメ「無限のリヴァイアス」セクション。
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other contents ; その他、主としてコミュニケーションに特化したコンテンツ。
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ご意見ご感想要望ツッコミその他どーぞ。 引用したりネタにしたりで返事に換えさせて頂きます。 |
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■カメラを買いました。本当はオリンパスがE-330の後継機種を出してくれるのを待っていたのですが、E-620の発売で「ああ、オリンパスはもう上下チルトライブビュー機種を発売しないんだな」とわかってしまったので、上下チルト液晶ライブビューを応援する意味を込めて、ソニーのα300を購入したのです。 ■デジカメも沢山の機種が出ているわりには、撮影スタイルで選ぶと実はたいして選べないんだよねぇ。
もちろんアイレベルとウエストレベルのファインダーとしかなかったフィルムカメラの時代に比べれば二倍に増えたのだけれども、3のタイプは現状α300/350し発売されていない。しかも300と350は画素数以外は全ての機能が同じ兄弟機だから、3のタイプは数あるデジカメの中でも一種類しかないとも言えて。うーむ。 ■みんなそんなに顔にカメラを構えて撮りたいのだろーか。いや、個人的にはどうしても顔の高さにカメラを構える、あの姿勢が大げさで好きになれない。自分がそうするのも嫌だし、人がそうしているのも好ましくない。かといって、手を伸ばして背面液晶で撮っているのもエレガントではないような気がする。まだ若いのに、老眼なんですね。みたいな。だいたい人の顔の高さに物を持ってくるなんて危険で良くないですよ。顔の高さにあって良いのは眼鏡と帽子だけです。 ■というわけでウエストレベルの火を絶やさぬよう、愛好してきたオリンパスではなく、ソニーのカメラを買ったという話なんですが……字面だけではわかりにくい話で済みません。(3/29/雑想) |
1/15 ■『FFXII』には多くのサブイベントがあるのですが、その内の一つにモンスター討伐イベントというものがあります。部屋にでる幽霊(レイス)の退治だとか、砂漠にでる大オオカミの退治だとか、賞金のかかったモンスターを世のため、人のために退治するわけです。このイベントは本編と直接に関係はないのですが、本編の進行と同時に新しい依頼が入るので、本編を進める→賞金首モンスターを倒す→本編を進める、といったプレイスタイルを選ぶことは必然となります。 ■さてこの賞金首モンスターはゲーム内の掲示板に依頼が貼られる場合と、主人公の所属するギルドから直接依頼が来る場合があります。そう、私が延々と苦労を重ねたヤツら、ニワトリス一味はギルドからはじめて直接依頼を受けた緊急討伐No.1だったのです。 ■草原に住み着き他の動物を威圧し、生態系を脅かすニワトリス&ヒナドリス。ヤツらの脅威を取り除き、草原に本来の生態系を取り戻すべく、緊急討伐の依頼を快く引き受けた私たち一行は、人間関係のゴタゴタ(誘拐・監禁・身分詐称)を棚上げにして、現場である草原に向かい……あっさりと全滅したのでした。 ■しかし私は慌てません。手強いボス戦での初回全滅はレベル上げプレイや、アイテムを買うための金稼ぎプレイを全くしない私にとって日常茶飯事だからです。ニワトリス&ヒナドリスの攻撃パターンを冷静に分析し、道具を揃え、計画的に戦闘を行えば、人類の英知に獣はひれ伏すのみなのです。 ■というわけで分析です。母であるニワトリスは強力な通常攻撃に加え、プレイヤーをときどき石化する攻撃を行います。子であるヒナドリスは通常攻撃しか行いませんが、数羽群れて行動するので、通常攻撃とはいえ馬鹿にできません。よって通常攻撃への対処と石化への対処、そして戦闘不能になったメンバーの迅速な戦線復帰が今回の戦闘の鍵になります。 ■通常攻撃への対処は、FFではおなじみのケアル及びポーションです。もちろんポーションは99個準備します。ケアルを仕えるメンバーは……現時点では一人しかいません。パーティー・メンバーが全員揃った状況でのバランスを優先してジョブを選んだ結果、現時点では前衛ジョブばかりが揃ってしまったからです。仕方ありません。戦闘不能への対処は、これもFFではおなじみのレイズ&フェニックスの尾です……現時点ではレイズを使えるメンバーは一人もいません。本編の進行に従って魔法屋に並ぶのですが、まだそこまで進んでいないのです。しかし草原の生態系を荒らすヤツらを放ってはおけません。幸い、フェニックスの尾は道具ですから使えるジョブを選びません。無問題です。 ■そして石化への対処であるおなじみの金の針を入手するにいたって衝撃の事実が判明しました。道具屋で売っていないのです。なぜか? 今回のFFでは本編の進行にしたがって売られるアイテムのラインナップが増えていくからです。そして金の針が売られていない、ということは、このモンスター討伐イベントは私にはまだ時期尚早である、とシステムに宣言されたも同然なのです。 ■しかし私は慌てません。この街にないなら、別の街で買えば良いじゃない。というわけでゲームがスタートする街を出て、少し先の街へと本編の進行とは別に赴くのでありました。 ■衝撃の事実が判明しました。別の街でも金の針が売っていないのです。それどころか店の商品のラインナップは始まりの街とまるで同じです。しかし私は慌てません。砂漠の果ての荒野に旅する商人がキャンプを張っていることを知っているからです。そして、自身のレベルと本編の進行をまるで無視しながら、砂漠超えに挑むパーティが、そこには居たのでした。 ■衝撃の事実が判明しました。砂漠の果ての旅する商人も……システムの縛りを受けていたのです。ああ、なんということでしょう。私は石化攻撃を行うモンスター相手に金の針なしで挑まなければならないのです。そして挑んだ私たちのパーティは、一人は強大な通常攻撃に倒れ、一人は体力を残したまま石化し……残りの二人は逃げるのが精一杯なのでした。 ■魔法やアイテムが買えないのです。当然、武器や防具も満足の行くものは揃えられません。諦めるしかないのか、と膝を屈しかけたそのとき、とある武器の名前が攻略本の武器防具のページで光ったのです。片手斧スラッシャー。メンバーの一人が装備することができ、しかも今のミスリルブレイドの攻撃力が23なのに対し、なんと攻撃力54。ほぼ倍の威力です。こいつを手に入れ、石化攻撃を受ける前に倒してしまえば無問題です。希望の光が見えて来ました。 ■希望の光、スラッシャー。しかし希望の光は、光ではありましたが決して力強い輝きではなかったのです。草原のマップの隅に、二体揃ってうろついている凶悪なウェアウルフという人型のモンスターの倒すと稀に落とすことがある。そう、稀にです。希望の光は、求める者に大いなる試練を与えるのです。具体的には1%のドロップ率という試練を。しかし光が示された以上、そのわずかな光を大いなる輝きへと変えるのが物語の主人公。パーティーは突撃したのです。 ■衝撃の事実が判明しました。ヤツらも強い。一体のウェアウルフを倒すのにメンバー一人の犠牲と50数個のポーションが失われたのです。しかも常に二体一緒にうろついているヤツらを引き離し、一対一の状況を作るのにかかったポーションを抜いて、です。それでもパーティーは十数体のウェアウルフを退治しました。しかし再び彼らの膝は屈しかけたのです。誰がそれを責めることができましょう。 ■しかし、ここで別な方向から光が差してきました。その光の名はサビのカタマリ。モンスターに投げつけることで、今のパーティーの主戦力が叩き出す通常ダメージの三倍から四倍のダメージを与えることができるアイテムです。これさえあれば。サビのカタマリ、それは宝箱や宝壺の奥深くに転がっているアイテムです。つまり、宝箱や宝壺の底にまで手を伸ばさなければ入手できません。少額のギルや、一般的なアイテムに喜ぶような貧乏パーティーの眼にはつかない底にあるのです。そんなものには目もくれないリッチな腕を持つ者だけが、本当に価値のある宝、サビのカタマリを入手できるのです。具体的にはダイヤの腕輪をつけた腕だけが。 ■ダイヤの腕輪は砂嵐が吹く砂漠の崖の上に眠っていました。高低差のある崖を、強力なモンスターの目につかないよう慎重に進むパーティーの目の前に、攻略本のマップにある通り、ダイヤの腕輪の入った宝壺が姿を表しました。早速、装備します。そしてリッチになった腕はギルやアイテムに目もくれず、見事にサビのカタマリを拾い上げたのです。きっとパーティーの面々も喜んでいることでしょう。歓喜の歌が聞こえるようです。 ■そして各所の宝箱&宝壺から30〜40%ほどの確率で入手できるサビのカタマリを求める時間が始まりました。今回のFFは特別なアイテムが入った宝箱&宝壺以外は、マップを切り替えることで再出現するのです。集めたサビのカタマリでウェアウルフを退治しつつ、いくつのサビのカタマリを集めたでしょうか。入手できないスラッシャーという希望の光は風前の灯火のように思われるのでした、今のパーティーのモチベーションの前には。 ■衝撃の事実が判明しました。適当に読み流していた校略本ですが、同じモンスターを続けて倒すことで、アイテムのドロップ率が上がるとのこと。なんということでしょう。つまりサビのカタマリを集めてはウェアウルフを退治し、他のモンスターを倒しながら、集めては退治し、を繰り返していたパーティーは、知らず知らずのうちに非効率的な時間を過ごしてしまっていたのです。計画は事実に追いつかない。しかし事実を知った今、新しい計画を立てることができるのです。そしてサビのカタマリを50個揃え、ポーションを99個揃え、ウェアウルフに力尽きるまでの連戦を挑むパーティーの雄志がそこにはありました。何度となく膝を屈しかけ、しかしわずかな可能性に再び闘志を燃やすその姿にプレイヤーの目も涙で曇ります。 ■そしてついに、サビのカタマリがつき、四人いたメンバーの二人が倒れた、その時。歴史が動いた。のです。緊急討伐の依頼を受け、草原に足を踏み入れたその時からの時間が走馬燈のように頭をよぎります。試しに近くをうろつくオオカミをスラッシャーで殴ります。452ダメージ。見たことのない数字です。そう主戦力の通常ダメージはこれまで100程度だったのです。小さかった希望の光が大きな輝きへとかわった瞬間です。その時、歴史は動いた。 ■さあ、草原の生態系を荒らす緊急討伐の対象のモンスター、ニワトリス&ヒナドリスとの再戦です。白い巨体を揺らし攻撃してくるニワトリスに、黄色く群れて攻撃してくるヒナドリスに対し、パーティーが取った作戦は……今回のFFにはそれぞれのキャラクターの固有の必殺技があります。いくつかの条件を揃えると発動できるそれらは、他のキャラクターとの連携に成功することでダメージを増し、三連携、四連携とつなげることさえ可能であり、パーティーはこれまでのウェアウルフとの対決や、サビのカタマリ集めの途中のモンスター退治でその条件をクリアしていたのです。 ■スラッシャーは確かに何も消費することなく、消費アイテムであるサビのカタマリと同量のダメージを叩き出す優れものでした。これさえあればサビのカタマリの残量を気にすることなく、ニワトリス&ヒナドリスと戦うことができたでしょう。しかしパーティーは道具に頼るには余りにも強くなりすぎました。必殺技の連携であっけなく母であるニワトリスが沈み、石化攻撃がなくなってしまえば、子であるヒナドリスは所詮、図体がでかく、ダメージの多少大きな雑魚に過ぎません。スラッシャーが振るわれた回数はさほど多くはなかったでしょう。モンスターの殲滅を確認した時、スラッシャーは汚れることなく美しい輝きをその刃に残したままだったかもしれません。 ■しかし、スラッシャーを求める過程でパーティーが道具にも魔法にも頼らない彼ら自身の力を手に入れたことは確かです。そしてスラッシャーという希望の光がなければ、その力を得ることは、もっと遅くなったことでしょう。希望の光であった片手斧スラッシャーは、モンスター相手に振るわれることは少なく、輝く刃が鈍ることもないまま、パーティーの腰に下げられ草原を後にしたのです。輝く刃を鈍らす血と脂を別の場所に求めて。今後、ボス戦では必殺技の連携が威力を発揮し、雑魚戦相手にしか使われない自身の運命を知らずに。(1/15/プレイ日記) |
12/30 ■Critique of gamesさんにゲームバトンをふられていたことに最近気がつきまして。イマサラ感が漂うのを無視して解答。遅くなりまして申し訳ない。(12/30/雑想)
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12/22 ■このサイトを見ていたら、たまらずにゲームをプレイしたくなったのです。良い機会なので、いつか……と思ってプレイしていなかったソフトのアレコレを思い浮かべたのですが、FF好きの管理人氏へ敬意を表するべく『FFXII INTERNATIONAL ZODIAC JOB SYSTEM』をプレイすることに決定。以前に無印XIIはクリアしているので、今回はいくつかの目標を立てて、それに従ってのプレイです。その目標は次の通り。
実は先日、さっそくプレイを開始したのですが、開始一時間半で既に小イベントを見逃したことが判明しまして、リセットをする羽目に陥ったのです。セーブのタイミングが悪く……今日から改めてスタートです。(12/22/プレイ日記) |
12/14 ■先月から一ヶ月半ほぼ毎日のように普段とは違う何事かがあって、あまりにも精神的に休まる暇がないので、現実逃避のひきこもり先を作ろうと近所のゲームショップへ行ったのですが、降りたシャッターに長年のご愛顧ありがとうございました、との張り紙が。現実を見せつけられてしまいました。円満な閉店であれば良いのですが。お疲れ様でした。(12/14/雑想) |
12/2 ■『ドラゴンクエストVIII』をクリアしました。表現力に内容が追いついていないような、全体を通してそんな印象を受けました。全作のVIIもそうだったんですけどね。いわゆる次世代機で手に入れたグラフィカルな表現力に対して、シナリオの良く言えば素朴さのバランスが悪いのが目立ってしまっていて。プレステ以降のファイナルファンタジー・シリーズには、ハードのグラフィックの進化を待ってました! てな制作スタッフの勢いを感じたのですが。だからドラクエの最新作がDSで発売されるのは、当然だなぁ、とも思いましたねぇ。(12/2/雑想) |
10/7 ■『ドラゴンクエストVIII』をプレイ開始。主人公のしゃべる・しゃべらない問題でFFと比べられることの多かったドラクエですが、主人公以外のメッセージ量はどちらも変わらないですねぇ。いろいろ言いたいことはありますが、十時間弱の時点で一番言いたいことは、フォントの質。なんとなめらかで見やすいフォントであることか。ロード時間に関しては戦闘終了からマップに戻るタイミングがやや間延びした感じなのが残念。おおむねストレスのない速さなので、逆にそこだけが気になって。(10/7/雑想) |
9/30 ■漫画とかラノベとか、読むのに二時間かからないような、あるいは速いテンポで読める本は続刊をそれほど待てないよなぁ、と刊行ペースが遅いシリーズをブックオフへ運んでいて思うのです。『ファイブスター・ストーリー』とかさ。まぁ、刊行ペースに不満を持っているシリーズを各自思い浮かべてくれれば、思い当たる節はあると思いますが。 ■内容に相応しい刊行ペースの範囲である限り、待つ楽しみもあるけれど、待つのが辛いくらいに間隔があいてしまったり、待っていることを忘れてしまうくらいに間隔があいてしまったり…予告なく打ち切りになることも多いわけで、続刊が永遠に出版されないことも多いジャンルではありますが、速いテンポで読めるモノは。 ■そんなことを考えつつ、新刊の遅いラノベとコミックスをブックオフへ運ぶ今日この頃。(9/30/雑想) |
9/15 ■下の話題にメールをいただいたので返事の前に、推敲を。最近、カバーデザインを変更した富士見ファンタジア文庫に『黄昏色の詠使い』とゆーシリーズがありまして。名詠式という召喚魔法の一種を学ぶ学生たちの物語で、主要な登場人物は皆、親元を離れ寮生活をしています。で、寮生活のヒロインが原因不明の高熱で倒れ、回復の見込みもなく、あと幾日か、てな状況になっても、誰も両親に連絡を取らないのはおかしくないかなぁ、とゆー話。 ■もちろん親とのあれこれが読みたいわけではないのですが、医者の「いや、彼女の両親には何の問題もなかった。普通の親だよ」と、ヒロインの病気が遺伝に由来するものではないことを説明する台詞で、そういえば両親はどうしてるんだろう、との疑問がわいてしまいまして。そして、その後、一切、親に関する記述はありません。結果としてこの一連の流れは、ヒロインの両親の重みが、この作品において、まるでないことを、さらしてしまっているんですよね。それに気付いた瞬間、少し、冷めてしまったことは否定できません。 ■以下、高原さんへの私信。読み手、書き手ともに若い業界だと思うんですよ、ラノベとか、アニメとか、ゲーム業界って。以前『巨人のドシン』とか『太陽のしっぽ』のプロデューサーの飯田和敏さんが、スタッフと年齢が近いので良くも悪くもプロデューサーとして強く出られない、てなことを話してらして。今回の事は、飯田さんの話とは違うけれど、業界全体として若くて、かつ年齢層の幅が狭いことが、影響していることは間違いないですよね。きっと作者も編集者もイラストレーターも子供いないよね(笑)。 ラノベの「ただ制度上で保護してくれるだけでキャラクターの人生にも物語にも干渉してこない家族(というか大人)」というのは、こう、ちょっと得体が知れないですよね。 年は取るさ、このサイトだって9年目ですよ(笑)。 ほぼ同意見で話が広がらないので、「ただ制度上で保護してくれるだけでキャラクターの人生にも物語にも干渉してこない家族(というか大人)」からの連想を広げさせていただくと、宮崎映画における両親の欠落の構造はずいぶん前から指摘されてますよね。見ていて、それほど気にならないようにはなっているし、親の保護を離れた場所でのちょっとした冒険が宮崎映画のおもしろさでもあるので、欠落を逆手に取っているのがプロなのだけど。 親子を書いてるラノベと言えば、ファミ通文庫の『駒王神社深川家物語』。ラノベの主人公を子供に持ってしまった親の悩みと、ラノベの主人公として生まれてしまった子の悩みが全体のトーンを支配してますね。登場するのは祖父と孫二人ですが。 いやまあ、少なくとも子供のキャラにとっては親って絶大な力を持つチートキャラだし、邪魔だから話に絡ませるの止めよ、と判断する気持ちは良く分かるのだけれど(笑)。 両親をきっちり書いてしまうと、親子関係のほうがほとんどの問題より大きくなっちゃうしねぇ。特に主人公が若いとさ。現実でも家庭の問題より大きな問題はあまりない……家庭で意見が一致してると大抵のことは問題にならない(笑)。 アゲアシを取っても、と言われても仕方ないけれど、重要な部分の説得力って細かな描写に見られる作者の視線が作る部分も大きいと思うからさ。もちろんディテールの積み重ねがテーマに説得力が生む、とかってだけでもないだろうけど、ディテールの失敗がテーマを損なうことは多いよねぇ。(9/15/私信) |
9/7 ■富士見ファンタジア文庫の『黄昏色の詠使い』シリーズのヒロインが、原因不明の病魔に倒れる場面があるのですが、彼女を心配する医者の台詞に「いや、彼女の両親には何の問題もなかった。普通の親だよ」とゆーのがありまして。で、親に関する記述がこれ以外に一切見られないことに違和感を覚えてしまって。このヒロインは学生で、親元を離れて寮生活とゆー設定なのだけれども、そーゆー娘が病気で苦しんでいて、両親とゆー単語が出てきたら、親が心配している、とか、親に連絡をとった、とかって台詞が続かないかなぁ。 ■世代意識が希薄なのはライトノベルの特徴、とゆーか、同世代の中での出来事が多いのがライトノベルの特徴なので、お約束といえばお約束なのだけれども、件の箇所の記載はちょっと無神経じゃないかと。両親とか出すのが面倒ならばヒロインを孤児にしてしまえば良いのだし、両親とゆー言葉を子供の病気がらみで持ち出すならば、もう少し配慮して欲しかった…と思うは私が、子供より、親の年齢に近くなってきたからでしょうか。ホントにねー、親のことまで書く気がないなら、孤児にしてしまったほうが良いのにさ。(9/7/雑想) |
4/27 ■ゲームもアニメも漫画もラノベも経験しないまま年を重ねた知人に、ゲームとか好きな人ってずっとやり続けるの? と聞かれまして。電車の中で漫画を読む大人が普通になったよーに、ゲームをやる大人も普通になるんじゃないかなぁ、と答えたのですが。ただ小説から漫画の流れはわかりやすさであったり、趣味にかかる時間の短縮であったり、レコード→CD同様の産業の流れに沿っているわけですが、ゲームって楽しいものですが、楽しむためには努力もいるものなので、やはり漫画を読む大人のようには広がらないかもしれません。(4/27/雑想) |
7/5 ■どらごんくえすとすりーふつかめ。とおでにはまだはやいようにおもったので、きょうもおしろのまわりをぐるぐるしました。むかーしむかし、ありあはんはせかいをしはいしていたそうですが、たびのせんべつに、とくれたおうさまからのおくりものをみると、とてもしんじられません。きょうもよるがきたのでおうちにかえりました。あしたははしをわたってみようとおもいます。(7/5/ゲームは一日十分間)
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7/3 ■どらごんくえすとすりーいちにちめ。おうさまとはなしたあとで、るいーだのみせへいきました。なかまをそろえておしろのまわりをぐるぐるあるきました。とくにこわいことはありませんでした。くらくなったのでおうちにかえりました。おかあさんがいえのそとでまっていました。おやすみなさい。(7/3/ゲームは一日十分間)
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6/28 ■勇者ききょう、ずのうめいせき。商人はぎ、おっちょこちょい。舞踏家ぼたん、おじょうさま。僧侶あさがお、あたまでっかち。世界を救う4人の冒険が今、はじまる。。。いや、途中で誰かが抜けて3人になることはわかっているのですが。ってことでドラクエ3なのですよ、携帯ゲームといえばDSのいま、なぜかGBカラーなのでありますよ。 ■アリアハンの王様のバラモス情報ってどこまで信じてよいのでしょーか。。。などと思いつつ、やっぱり思ってしまう「王様ならもっと良いものくれよ」でありました。僕がドラクエ3をFCでプレイした20年ほど前から、そーゆーよーに言われてましたねぇ、そー言えば。(6/28/雑想) |
5/12 ■なんだかやる気になれなくて放っておいて、かーなーりー今更感が漂うのだけれども、去年一年何冊買った? のコーナーでございます。
全52冊、5万282円なり。2003年が86冊で2004年が112冊。2005年はなんと169冊なんですよねぇ。随分買わなくなったもんだな〜。まぁ、でも週に一冊くらいのペースと考えれば、50〜60冊くらいが適量と言えなくもない。よーな気がしないでも。(5/12/雑想) |
5/2 ■私信>Vulcanさん FFでは色々どもー。最後は直接、tellしたかったけど、ちとタイミングがあわなくて。Vulcan氏とのプレイは二人でのドラゴン退治とかさ、面白かったんで、機会があればどこかでまた一緒に遊びたいけれど。その時はまたね。色々ありがとーでした。(5/2/私信) |
4/18 ■私信>newさん こちらこそいつも読んでくださってありがとうございます。いや、もお、半年以上放置していたのに読んでくださって(拝)。 ■作品の送り手と受け手の相互理解のギャップ。とゆーと、宮崎駿さんとか『踊る大走査線』を思いだすんですよね。どちらも肯定的な評価を受けつつも、どっか違うだろ? みたいな。宮崎さんは観客動員数が増えるにつれてメッセージ性が増えてきてなんか違うだろ? みたいな。『踊る〜』は視聴率が上がるにつれて恋愛要素が増えてきて、何か違うだろ? みたいな。 ■でも宮崎さんも、『踊る〜』のスタッフも、やりたいこととは違う評価や感想でも、もらって嬉しかったのは確かだと思う。困ってるのも確かだと思うけど(笑)。 その作品を摂取したことによって、何か自分の立ち位置が変わった。 まぁ、自分の立ち位置をかえる必要もなく、安心かつ安全に楽しむことが娯楽なんだ、とゆー言い方もできますし。ただ、そうやって何かを娯楽として扱うことの暴力性もあるんですよね。お薦めの泣ける映画! ってレビューは良くあるけど、泣けるような状況を娯楽として楽しむことの罪悪感はないのだろーか(笑)。 無責任な感動という言葉で誤魔化してるけど、感動しただけで、何もかわらないのであれば、感動を娯楽として消費しているだけなわけで。 ■もちろん「好き/嫌い」や「泣ける/泣けない」といったシンプルな感情はとても大事で、そういう感情を抜きにして書かれる評論や感想に説得力は感じないけど、そういったシンプルで原始的な感情だけで何かを評価してしまうことの暴力性とか、危険性もわかってたほうが良い。ですよねぇ。(4/18/私信) ■引き続いてkeyの代表作『AIR』から「鳥の詩」を、今日はクラシックギターでのソロで聴いていただきたく。あ、イントロとサビのみです。なぜかとゆーとそれ以外のところはギターアレンジが面倒そうだからアレンジしていないし、試みてもいないからです。 |
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うーん、まぁ、毎度の練習不足には目をつむるとして、アレンジの方向性は悪くない。と自分では思う。のだけれどもどーですかね。とゆーか、わりと楽器栄えのするメロディーなんで普通に弾いているだけで様になる。のかもしれない。「last regrets」のAメロとか楽器栄えのしないことしないこと。。。MP3のダウンロードはこちら。(4/18/1.48MのMP3ファイルへの直リンです) |
4/16 ■12日の「last regrets」がダウンロードできない状態になっていまして。えー、ただファイル名を間違ってただけなんですけど、デジタルは融通がきかないものでございますよ。申し訳ない。で、「last regrets」が不手際だったから、ってわけでもないんですが、keyの代表作『AIR』から「鳥の詩」の打ち込みネタをば聴いていただきたく。 |
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うあ。低音と高音のバランスが滅茶苦茶&音量とゆーか音圧が高っ! 「鳥の詩」には珍しい八分の六拍子で頑張ってるので広い心で許していただければ。MP3のダウンロードはこちら。(4/16/1.61MのMP3ファイルへの直リンです) |
4/15 ■いや、なんかもー、僕の好きなものだけでできあがっている挙句、僕の好きな音楽になってて まぁ! みたいな『カルタグラ〜ツキ狂イノ病〜』の廉価版を発売したばかりのInnocent Greyが九頭龍ブランドで発売したソフト『英才教育』のop曲「好き」です。192kbpsの高音質でメーカーサイトからダウンロード可能なので是非。いや、ソフトの内容は好きなものだけで出来上がっているとは言い難いのですけれど、ねぇ。ともあれ、PRODUCTS→『MEMOIRE』→『英才教育』でダウンロードできますんで。 ■楽曲はギターで弾き語るにはリズムもコードもやり難いところがあります。特にAメロのリズムが突っ込んでいくあたり。メジャーな音源ではACOの「悦びに咲く花」が同じコードで同じリズムをしているので参考になるかと。ちなみに「悦びに咲く花」のAメロは「B♭m7→G♭maj7→Fm7→G♭maj7」でございます。まー、カポを使っても良いんだけどさ、あんまり道具を使わないでギターと指先だけで勝負するとゆーのが粋だよねー。雰囲気とは裏腹にギターで弾き語ろうとすると握力勝負になる楽曲でござるよ。にんにん。(4/15/楽譜) |
Fm7 B♭m7 Fm7 B♭m7 |
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Fm7 B♭m7 Fm7 B♭m7 |
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4/12 ■keyの名作ゲーム『kanon』のop曲「Last Regrets」をアコギソロで弾いてみました。エレアコを使っているので普段はラインで録ってしまうのですが、アコギらしさをいかすべく今日はマイクで録ってみたのでありますよ。 |
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一人で部屋にいるときに、なんとなく爪弾いている感じ。なアレンジ。とゆーのもおこがましいくらいなんですが、まぁ、最低限の音は入っているし、曲の骨格は大丈夫なんじゃないかなぁ。大丈夫だと良いなぁ。MP3のダウンロードはこちらです。→■(4/12/2.59MのMP3ファイルへの直リンです) |
4/8 ■言い訳はすまい。今回も粗を探せばキリはないが。で、今回はBasiLの『bless』からop曲「VANITY」のMP3でございます。 |
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えー、今回はリズムマシーン&ワウギターとゆー、チープでメローなファンクっぽい感じ(を狙っている)なので、弾き語りってわけでもないんですが、まぁ、ワウギターと言っても、普通にローコードを弾いてますんで。間奏部分のアコギとワウのユニゾンなんかは上手くいったと思うのだけれども。。。まぁ、練習不足に推敲不足ですなー。ダウンロードする方はこちらをどうぞ。→■(4/8/4.26MのMP3ファイルへの直リンです) |
4/7 ■下の雑想は「だけど批判的でネガティブな気持ちも創作の原動力なんだよね」を読んで書きはじめた。。。んですけど、リンク先の内容とどんどこずれちゃって。まぁ、伝言ゲームなんてそんなもんさ。えー、批評、批判に興味がある方はリンク先を是非。(4/7/雑想) ■批評の意味や価値や必要性があると言い切れるのは、批評を行うとゆーことが、誰かと誰かがわかりあうためのものだからだと思う。感覚の共有ができない以上、理解を深めるために分析的にならざるを得ない生命体なんだよね、人間は。まぁ、好き、嫌い、どちらでもない、の三択でやっていけるならば批評に意味なんてないだろうけど。 自分の身体の反応と、外部から与えられた教育や歴史との相克というものを、記述の中にどうにかして捩じ込む。という行為が批評だといえるわけですが、昨今ネット上などで見られる批評の多くは、外部に目を向けるのは苦しいからそういった摺り合わせをまったく放棄して、自分の身体性一辺倒で物事にあたる、といった方向に塗りつぶされつつあるのが現状だと僕は思っています。(菊地成孔、大谷能生『東京大学のアルバート・アイラー 東大ジャズ講義録・歴史編』メディア総合研究所) 結局、批評を行うかどうか、批評を受け入れるかどうか、は、その人の精神がどれほど他人に向かって、外部に向かって開いているのか、とゆーことなんじゃないだろーか。批評や批判を「分析的、理性的に何かを語ること」とすると、批評や批判は意見や価値観の異なる人ととるコミュニケーションとほぼイコールになるわけだしさ。 好き嫌いで感情的に書き飛ばしてしまうってことが習慣化してきている現在ですが、批評というのは本来非常に苦しい作業です。歴史を学ぶということは批評視座を学ぶということであり、それは自身の外側にある、これまで自分とは関係がないと思っていたものとコミュニケートするということですから、必然的に自己像の更新も必要になります。(菊地成孔、大谷能生『東京大学のアルバート・アイラー 東大ジャズ講義録・歴史編』メディア総合研究所) 批評とは異文化コミュニケーションである、と言えます。批評を行うことによって、自分では当然だと思っていたことがそうではなかったと知ったり、極めて特別だと思っていたものが、ありふれたものであると知ったりと、自己像及び知識、感覚の再構築を迫られます。だから知ってしまうことの苦しさがあるとするならば、批評はその人を幸せにするものではないのかもしれません。 ■批評に価値や必要性があるのだとしたら、それは人がわかりあえる/わかりあえないの間を揺れながらも一人では生きていけない存在だからではないでしょーか。結局、人は一人かもしれないけれど、目の前にいる誰かが、自分のことを理解しようと努力してくれていて、それが伝わるなら、それで十分なんじゃないかな。分析的、理性的に語る。まぁ、とゆーことは相互理解の入り口として価値のある行為だよね。とゆーことで。(4/7/雑想) |
3/31 ■MP3の更新は言い訳とともに、って感じなんですが。。。練習しないと弾けんよなぁ、やっぱり。ALICE SOFTの『夜が来る!』からop曲「A Night Come's!」のMP3でございます。 |
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リードギターの下手さは置くとして、弾き語る分には、特に問題もなく、普通に弾いていればかっこよくなるのではないでしょーか。コードも簡単だし、リズムもストレートだし。ただリフの処理がねぇ。どーしたものか。ダウンロードする方はこちらをどうぞ。→■(3/31/3.28MのMP3ファイルへの直リンです) |
3/30 ■歌詞に三月とはっているのだから、これだけは三月中に録音したかったBasiLの『それは舞い散る桜のように』からed曲「beloved〜桜の彼方へ〜」の弾き語り演奏例でございます。。。明らかな弾きマツガイがあるんですが、聴かなかったことにして頂けると。いや、あそこの部分、あのまま下降したくなるんですよ。指が、勝手に。 |
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で、今回は実験的にメディア・プレーヤーの埋め込みに挑戦してみたんですけれど、上手く再生できていますでしょうか? 上手く再生できない方はフォームからその旨のご連絡をよろしくお願いします。ダウンロードする方はこちらをどうぞ。→■(3/30/4.15MのMP3ファイルへの直リンです) |
3/28 ■数もたまったし、検索で飛んでくる人もいらっしゃるよーだしで、そろそろきちんとしたインデックスをつけよーかなー、と思いつつ、BasiLの『それは舞い散る桜のように』から「days」の弾き語り用コード譜です。このままのコードで雰囲気がキツク感じる方は、AmとDmをそれぞれAm7、Dm7としたほーが良いかもしれないです。あるいはAmだけでもさ。ただ7thとか11thにして柔らかい感じにしちゃうと、「みずいろ」とか「last regrets」とかにそっくりになってしまうんで。。。まぁ、リズムが違うのでそれほどそっくりにはならないと思いますが。(3/28/楽譜) |
A# C Am Dm |
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A# C Am Dm |
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3/23 ■RUNEの『ゆきのかなた』からop曲の「陽光を抱きしめて」なんですが。が、変な曲だなぁ、と。や、失礼。でも変なんです、和音の進行が(笑)。 実は普通な和声なのに、勘違いして聴き間違ってるだけなのかなぁ。でも、曲を聴きなおしても、やっぱり独特の空気感のある曲だしねぇ。 ■ただ、和音の進行が普通でない感じと、歌詞の前向きなんだか、後ろ向きなんだかわからないけど、とりあえず不安そうで、不幸なような現状認識が絡み合って、なんとも落ち着かない、もどかしさを感じさせてます。よねぇ? 凄く魅力的なんだけど、これを魅力的だと感じるのは今の自分が不幸だからなんだ、みたいに、好きだとはっきり言いたくない。よーな危うさが(笑)。(3/23/楽譜) |
Dm C B♭ |
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B♭ Dm B♭ C F |
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3/22 ■BasiLの『それは舞い散る桜のように』からed曲「beloved〜桜の彼方へ〜」の弾き語り用コード譜です。気象庁発表が色々ありはしましたが、今年も無事に桜が咲いたということで。。。和音の進行に関しては定番の桜進行(なんて言葉は無い)で、松任谷由実さんの「春よこい」とほぼ同じです。演奏するときの凄く良い参考になるよね、うん。 ■てなわけで楽曲のほーは問題ないんですが、歌詞がねー、一筋縄ではいかないとゆーか、言葉が難しいだけなのか、意味もやっぱり難しいのか。うーん。まぁ、歌詞の理解度と演奏の良し悪しが関係しているかどうかは微妙なところだけれども。とはいえ「どういう意味?」って聞かれたときに答えられないのは恥ずかしいよねぇ。そもそも歌いだしの「残酷で 響く」って文法間違ってないかなぁ。いや「切なさ」が「残酷で」と「響く」にそれぞれ並列にかかっていると読むべき、か?(3/22/楽譜) |
Am F G Am F G Am |
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Am F G Am F G Am |
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3/20 ■BasiLの『bless』からop曲「VANITY」の弾き語り用コード譜です。タイトルはうぬぼれ、慢心、虚栄心てな意味なんですが、誰のうぬぼれなんでしょーね。歌詞に一人称が出てこないのでなんとも言えませんが。歌詞の話を続けると、ほぼ情景描写で押し切っているので、言葉のわかりやすさのわりに、読み解こうとするとなかなかに難しい。前向きとも、後ろ向きとも、なんとも。 ■楽曲に関しては、時間を見つけて分析したいと思っています。耳コピしてて久しぶりに感動しました。普段、聴いててそんなに感動してたわけじゃないんですけど(笑)。 音楽の可能性の豊かさとゆーものを感じたんですよねぇ、コードを確認してさ。そして聴いててそんなに難しいとは思わなかったんですが、弾いて歌って、なんと難しいことか。。。(3/20/楽譜) |
Fm Cm7 |
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Fm Cm7 |
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3/19 ■ALICE SOFTの代表作の一つ『夜が来る!』からop曲「A Night Come's!」のコードを耳コピしました。えー、リフがあったり、細かな決めがあったりするんですが、フォーク・ロック・スタイルでガシガシ弾き倒してもカッコ良いんじゃないかと。ちなみに公式サイトからこの曲はダウンロードすることもできますので是非。(3/19/楽譜) |
Am D7 |
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F G Am |
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3/18 ■自己嫌悪に陥るよーな出来なんですが。。。一年後には上手くなっていることを信じて公開。『みずいろ』のop曲「みずいろ」の音声ファイルでございます。練習不足もさることながら、録音の腕がな〜。いや、音の良し悪しは音楽の良し悪しに関係ないんだ、てな考え方もあるんですけどね、もちろん。いや、あきらかにメロディーを弾き間違っているとゆー低レベルの話は論外なんですけどね、もちろん。→■(3/18/6.17MのMP3ファイルへの直リンです)(3/18/雑想) |
3/14 ■友人とカラオケに行ったとき、彼はそのカラオケに「みずいろ」が入っていないことを知るとおもむろに「last regrets」をいれ、それをバックに「みずいろ」を歌い上げたのでした。。。ってことで一部で「last regrets」のそっくりさんとゆーことで有名なねこねこソフトの作品『みずいろ』のop曲「みずいろ」のコード譜でございます。あー、しかしちょっと忙しくなるとすぐに更新が滞る。。。(3/14/楽譜) |
G6 Aadd9 |
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G6 Aadd9 F#m(11) Bm7(11) |
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3/9 ■うーん。。。この曲はメロディーもアコギでやったほうが良かったかもなぁ。しっかしこの曲はメロディーがはねてて難しいのなんのって。音階は素直なんだけどねぇ。ってことでサンバな『アルティメットハンター』のed曲「カーニバルの夜」の音声ファイルでございます。2/16に採譜したコード譜に手直しをして弾いています。→■(2/24/2.93MのMP3ファイルへの直リンです)(3/9/雑想) |
3/3 ■半音下げて歌ってみよーっ! G→D→Em→Cとギターで弾くうちに自然と口をついて出てくるこの歌は「ああ しあわせの とんぼよー どこーへ♪」そう長渕剛の名曲「とんぼ」でございます。なんて『家族計画』のop曲である「同じ空の下で」のAメロと長淵さんの「とんぼ」のサビが同じ和音展開でびっくり、とゆー話でございます。。。「りんりんと泣きながら はーじけてー 飛んだけどー♪」てな長渕さんの「しゃぼん玉」のサビもG→D→Em→Cだよなぁ。 ■こーゆー「なぜポップスが似てしまうのか」とか「独創的ならそれで良いのか」てな話題は面白くもあり、水掛け論でもあり、結論のでない話ではあるんですが。 その小説世界が、彼だけにしか表現できないものになっており、しかも読者がそれを生き生きと体験できるなら、もはやそれが古くさいアイデアのバリエーションであろうとなかろうとどうでもいいことなのだ。(『SFマガジン 1970年5月号』から伊藤典夫氏のページ「SFスキャナー」から) 小説、とりわけ推理小説のような分野において、古くさいアイデアのバリエーションを生き生きと体験する(させる)ことは難しいと思うけれど、音楽に関しては、古くさいアイデアのバリエーションのほーが肉体的に乗れる、とゆーことはあるかもしれませんよねぇ。リズムに合わせて踊れるってことは、そのリズムが知っているパターンか、知っているパターンのバリエーションである、とゆーことですし。(3/3/引用はキース・ロバーツ『パヴァーヌ』扶桑社の解説からの孫引きです。原典は確認していません) |
G# E♭ Fm C# |
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G# E♭ Fm C# |
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